藤村Dと嬉野Dは、なぜ今も「水曜どうでしょう」を擦り続けるのか

夕暮れのキャンプ地で旅を振り返る4人の男性 学び・仕事

50代になってから「水曜どうでしょう」を見ると、若い頃とは少し違った面白さを感じる。

深夜バスに乗せられ、眠れず、疲れ果て、大泉洋がぼやき続ける。若い頃は、その無茶苦茶さをただ笑っていた。

しかし今は、もう一つ別のことを考える。

あれから30年近くたっても、藤村Dと嬉野Dは「水曜どうでしょう」の話をしている。イベントを開き、過去の企画を振り返り、今もこの番組を仕事にしている。

少し意地悪な言い方をすれば、二人はいつまで「水曜どうでしょう」を擦り続けるのだろう。

過去の栄光にすがっているだけではないか。新しい代表作を作れないから、昔の話を繰り返しているのではないか。そんな見方もできる。

だが同時に思う。

一生擦り続けられるほどの仕事を、私たちは一つでも持っているだろうか。

藤村Dと嬉野Dが今も番組を続ける理由を考えていくと、そこには「人生の二周目」で過去の経験とどう付き合うかという、私たちにも無関係ではないテーマが見えてくる。

「水曜どうでしょう」は、何がそんなに面白かったのか

「水曜どうでしょう」は旅番組だが、旅先の魅力を伝えることが中心ではなかった。

サイコロに振り回され、深夜バスで体力を奪われ、宿も決まらず、出演者がスタッフに本気で腹を立てる。普通のテレビ番組なら隠したくなる失敗を、一番面白い部分として放送した。

本来なら編集で消されるディレクターの声も、そのまま流れた。藤村Dはカメラの外から大声で笑い、大泉洋と言い争い、ときには出演者以上の存在感を放った。

嬉野Dのカメラも独特だった。出演者の顔ではなく、車窓や景色を映したまま会話だけが続く。視聴者は完成された旅番組を見るというより、4人が乗る車の後部座席に同乗しているような気持ちになった。

そして、何より大きかったのが大泉洋だ。

ひどい目に遭うほど言葉が出てくる。疲れるほど面白くなる。不満、ぼやき、屁理屈、モノマネによって、単なる失敗を物語に変えてしまう。

藤村Dが仕掛け、大泉洋が打ち返す。ミスターこと鈴井貴之が予想外の展開を起こし、嬉野Dが少し離れた場所から全員を見つめる。

番組の本体は、サイコロでも原付でも海外旅行でもない。この4人の関係性だった。

だから昔の映像でも古びない。観光情報は古くなっても、人が疲れ、怒り、ぼやき、最後には一緒に笑う姿は古くならないからだ。

視聴者も、4人と一緒に年を取った

「どうでしょう」は、一度見て終わる番組ではない。

何度も見ているうちに、次に誰が何を言うかまで覚えてしまう。それでもまた見る。面白さの中心が「何が起きるか」から、「よく知る人たちとまた会うこと」へ変わっていくからだと思う。

番組を見ていた頃の自分。DVDを貸してくれた友人。家族と笑った夜。仕事が苦しかった時期。

ファンは番組の中に、自分の人生の時間まで保存している。

久しぶりに昔の企画を見ることは、昔の自分に会いにいくことでもある。若かった4人が年を取ったように、見ていた私たちも年を取った。

50代になってから見る「どうでしょう」に、どこか懐かしさや安心感を覚えるのは、そのためかもしれない。

それでも、二人は少し擦りすぎではないか

レギュラー放送が終了したのは2002年である。

それでも再放送、DVD・Blu-ray、新作、書籍、祭、キャラバン、グッズ販売は続いてきた。藤村Dと嬉野DはYouTubeで発信し、トークイベントを開き、オンライン上には活動拠点の「どうで荘」も作った。

二人が「どうでしょう」以外に何もしていないわけではない。

藤村Dはドラマや舞台、俳優など幅広く活動し、監督した「チャンネルはそのまま!」は日本民間放送連盟賞のテレビ部門グランプリを受賞した。嬉野Dもドラマの企画やプロデュース、エッセイの執筆を続けている。

それでも、二人の名前の前には今も「水曜どうでしょうの」が付く。

新しい仕事はしている。しかし「第二の水曜どうでしょう」を作ったかと聞かれると、答えは難しい。

一方、大泉洋は番組から大きく飛び立った。今では映画、ドラマ、舞台、司会など幅広い場所で活躍し、「どうでしょう」は大切な原点ではあっても、それだけが肩書ではない。

番組を作った二人のほうが、番組の中に残った。

そこに、過去の栄光にすがっているような印象が生まれるのだと思う。

藤村Dにとって、番組はまだ終わっていない

藤村Dは北海道大学のインタビューで、「水曜どうでしょう」を「一生続く引退のないゲーム」と表現している。

大学生だった大泉洋が全国区の俳優になり、4人が年を取っていく。その人生の変化まで含めて番組だという考えである。

私たちは「水曜どうでしょう」を、昔放送されていた名作だと考える。しかし藤村Dの中では、作品はまだ完成していない。

若かった4人の無謀な旅が面白かったのなら、年を重ね、昔のようには動けなくなった4人の旅も、その続きになる。企画を次々と考えなくても、人間は年を取り、関係は変わる。時間そのものが新しい物語を運んでくる。

そう考えると、藤村Dは過去の作品を使い回しているというより、終わっていない人生ドキュメンタリーの続きを見せようとしているのかもしれない。

ただし、この考えには危うさもある。

「4人が集まれば面白い」と信じるほど、新しい人や新しい失敗に賭ける必要がなくなる。かつては無謀な挑戦だった「どうでしょう」が、今では二人にとって最も安全な場所にもなっている。

嬉野Dにとっては「自分のままでいられる場所」だった

嬉野Dは、4人が同じテーブルを囲む「水曜どうでしょう」という場所について、全員に「これを失うわけにはいかない」という感覚があると語っている。

偶然集まった4人が、それぞれの役割と居場所を見つけた。その関係は、誰かが狙って再現できるものではないという。

さらに嬉野Dは、番組を続ける中で「俺は俺のままでいていい」と思えるようになったとも話している。

会社や組織で長く働いていると、自分の性質を抑え、求められる役割を演じることを覚える。ところが「どうでしょう」では、自分たちが本当に面白いと思うものを出し、自分たちのままで多くの人に受け入れられた。

嬉野Dにとって「水曜どうでしょう」は、単なる代表作ではない。

自分が自分のままで社会とつながれた証明であり、ようやく見つけた居場所なのだ。

藤村Dにとっては「終わらないゲーム」。嬉野Dにとっては「失いたくない場所」。

二人が番組を擦り続ける背景には、売れるからという理由だけでは説明できないものがある。

二人が今も売っているのは「新作」だけではない

祭やキャラバンに集まる人たちは、未知の企画だけを求めているわけではない。

深夜バス、原付、シェフ大泉、対決列島、ロビンソン。何度も聞いた話をもう一度聞き、おなじみの言葉で笑い、同じ番組を好きな人たちと集まりたい。

ファンが買っているのは、新しい情報だけではない。

「自分もまだ、水曜どうでしょうの仲間でいられる」という感覚なのだと思う。

二人は現在、新しいテレビ番組の制作者というより、ファンが帰ってこられる場所の管理人になった。

家族や昔からの友人と会えば、同じ思い出話を何度もする。全員が結末を知っていても楽しい。それは情報を交換しているのではなく、関係を確かめているからだ。

「どうでしょう」の昔話も、それに近い。

二人が過去を語り、ファンが笑う。その繰り返しによって、番組は作品から「帰れる場所」へと変わった。

人生の二周目では、過去を捨てなくてもいい

50代になると、自分の過去をどう扱うかを考えるようになる。

会社で評価された仕事。長く続けてきた職種。身につけた知識。昔からの人間関係。「自分といえばこれ」と言われるもの。

若い頃は、新しいことに挑戦し、実績を作ることが大切だった。だが人生の二周目まで、何もかも捨ててゼロから始める必要はない。

これまで積み上げた経験や信用を使うことは、過去への逃避ではない。むしろ、年齢を重ねた人にしかできない生き方である。

藤村Dと嬉野Dは、一周目で作った「水曜どうでしょう」を、二周目では書籍、イベント、動画、コミュニティー、仕事論や人生論へと広げている。

同じ番組を擦っていることは間違いない。

しかし、ただ同じものを繰り返しているのではなく、自分たちが作ったものを、今の年齢に合った形へ変えているともいえる。

一周目で手に入れたものを、二周目で使う。それは恥ずかしいことではない。

大切なのは、過去を使って今も誰かとつながれているか。過去の経験から、今の自分に合った新しい役割を作れているかだと思う。

過去は「資産」にも「足かせ」にもなる

もちろん、過去の成功に頼りすぎれば、そこから動けなくなる。

昔の実績が現在の人間関係や仕事を生み出すなら、過去は「資産」になる。

しかし、昔の称賛を何度も確認し、それだけで自分の価値を支え始めたら、過去は「足かせ」になる。

資産と足かせの違いは、過去を語るかどうかではない。

過去を使って、今の誰かと新しい関係を作れているか。自分自身も少しずつ変わっているか。そこに、次の失敗が入る余地があるか。

藤村Dと嬉野Dは、間違いなく「水曜どうでしょう」で飯を食べ続けている。

しかし同時に、30年近く前に作った番組を、今も人が集まる場所として育て続けている。

それは、第二の代表作を作ることとは違う。だが、一つの代表作と一生付き合うという、別の創造の形なのかもしれない。

「水曜どうでしょう」は、二周目のキャンプ地である

藤村Dと嬉野Dは、これからも「水曜どうでしょう」を擦り続けるのだと思う。

それでいいのではないか、と今は思う。

一生使えるものを一つでも作れたことは、途方もない成功である。過去を無理に捨て、新しい自分を演じ続ける必要はない。

ただ、過去に座り込んでしまうのではなく、そこから今の人や社会とつながっていくこと。慣れた場所に戻りながら、ときどき新しい失敗もすること。

それが、人生の二周目で過去を生かすということなのだと思う。

私たちにも、藤村Dと嬉野Dの「水曜どうでしょう」ほど大きくはなくても、これまで積み上げてきたものがある。

仕事で身につけた力。誰かとの縁。長く続けてきた趣味。失敗から学んだこと。自分が自分らしくいられる場所。

二周目の人生は、それらを全部捨てて別人になることではない。

一周目で手に入れたものを持って、今度は少し自分のために使ってみることではないだろうか。

「水曜どうでしょう」は、二人の人生の終着点ではない。

何度でも帰ってきて、そこからまた次の旅へ出るためのキャンプ地なのである。

参考にした主な記事・公式サイト

北海道大学「北海道テレビ放送エグゼクティブ ディレクター 藤村忠寿さん」

ORICON「嬉野雅道、『水曜どう』に出会って感じた仕事のおもしろさ」

BuzzFeed News「『水曜どうでしょう』6年ぶりの新作、ディレクターが語った正直すぎる自己評価」

LEON「大泉洋を輩出した、伝説の番組『水曜どうでしょう』は、なぜ大人気になったのか?」

藤村・嬉野の公式サイト「どうで荘」

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