大阪に2年間住んでいたことがある。
住んでいたのは西区の北堀江。仕事の都合で暮らすことになった街で、自分から「大阪に住みたい」と選んだわけではなかった。
それでも今振り返ると、あの2年間はかなり楽しかった。
梅田までは四つ橋線ですぐ。心斎橋や難波なら歩いて行ける。仕事が終われば飲みに出て、お好み焼きを食べ、休日や出張では京都、奈良、滋賀、和歌山、兵庫へ足を延ばした。
関西各地を仕事で回り、その土地で食べ、遊び、いろいろな経験をした。
当時は、どれも特別なことだとは思っていなかった。仕事で関西に住んでいるのだから、関西を回るのは当たり前だった。
でも時間が経つと、その「当たり前だった2年間」が、思っていた以上に自分の中に残っていることに気づく。
世界遺産を学ぶようになったことも、その一つだ。
人生には、そのときはただの日常だったのに、後になって意味を持ち始める時間がある。
私にとって、関西で暮らした2年間は、そんな時間だった。
今回は観光ガイドではなく、実際に大阪で暮らし、仕事で関西各地を回った中で感じた「関西の面白さ」を振り返ってみたい。
北堀江は、大阪を楽しむにはちょうどいい街だった
北堀江というと、「おしゃれな街」というイメージを持つ人が多いかもしれない。
実際、カフェやショップも多く、大阪の中でも少し落ち着いた雰囲気がある。
でも、2年間暮らしてみて私が一番感じたのは、とにかく場所がいいということだった。
勤務地は梅田。
北堀江からなら四つ橋線でそれほど時間はかからない。
しかも、これが意外と快適だった。
大阪の地下鉄といえば御堂筋線の存在感が圧倒的だ。
新大阪、梅田、心斎橋、なんば、天王寺と主要エリアを一本で結んでいるだけに、とにかく人が多い。
それに比べると、私が通勤で使っていた四つ橋線はずっと穏やかだった。
大阪の中心部に住みながら、毎日の通勤でそれほど消耗しない。
これは住んでみると、かなり大きなメリットだった。
そして北堀江の面白さは、電車に乗らなくても大阪を楽しめることだった。
少し歩けば心斎橋。
さらに歩けば難波。
休日に「今日は大阪へ遊びに行こう」と気合を入れる必要がない。
家を出て歩いているうちに、いつの間にか大阪のど真ん中にいる。
心斎橋筋まで行くと、北堀江とはまた空気が変わる。
外国人観光客が多く、聞こえてくる言葉もさまざま。歩いているだけで、大阪が国内の街というより世界中から人が集まる観光都市であることを感じた。
でも少し戻れば、自分が暮らしている北堀江の日常がある。
観光地のすぐ近くに住みながら、ちゃんと生活もできる。
今振り返ってみても、北堀江は大阪を楽しむには、かなりちょうどいい街だったと思う。
心斎橋と難波。大阪では「飲みに行く」が日常になった
北堀江に住んでいると、心斎橋や難波は「遊びに行く場所」というより、だんだん普段の生活圏になっていった。
仕事が終わって飲みに行く。
もう一軒行く。
気づけば難波まで来ている。
そんな夜も珍しくなかった。
大阪で暮らして感じたのは、飲むことと食べることの距離が近いことだった。
そして、うまいものが多い。
中でも、お好み焼きはよく食べた。
東京でももちろんお好み焼きは食べられる。
でも大阪で暮らしていると、お好み焼きが「大阪に来たから食べる名物」ではなくなる。
普通の晩飯として食べる。
ビールを飲みながら鉄板を囲んで、焼けるのを待つ。
ソースの匂いがしてくる。
それだけで、もう一杯飲みたくなる。
そして大阪は、酒を飲むハードルも低かった。
高級な店へ行かなくてもいい。
安く飲める店がたくさんあって、少し飲んで、食べて、また次の店へ行く。
私には、この気軽さが合っていた。
心斎橋や難波を歩いていると、人も店も多くて少し雑然としている。
でも、その雑然とした感じがいい。
東京とはまた違う、「とりあえず入ってみようか」と思わせる空気がある。
今振り返ると、何を飲んだかよりも、
仕事が終わって街へ出れば、何か面白いことがありそうだった感覚
の方をよく覚えている。
大阪で暮らした2年間が楽しかった理由のかなりの部分は、そんな夜にあったのだと思う。
大阪に住んで分かったのは、関西は「すぐそこ」に面白い場所が多いこと
大阪に住むまで、私の中では「大阪」「京都」「奈良」「神戸」は、それぞれ別々の観光地という感覚が強かった。
でも実際に暮らしてみると、その感覚が変わった。
関西は、面白い場所同士の距離が近い。
仕事では大阪だけでなく、京都、奈良、和歌山、滋賀、兵庫にもよく行った。
京都や奈良のような有名な観光地だけではない。
兵庫の豊岡や京都の宮津など、かなり遠いところまで足を運ぶこともあった。
正直、仕事がなければ行く機会がなかった場所も多い。
でも、それがよかった。
観光旅行なら、有名な場所を選んで効率よく回ろうとする。
仕事ではそうはいかない。
用事があるから、その街へ行く。
そしてせっかく来たのだから、その土地のものを食べたり、少し街を歩いたりする。
そうやっているうちに、ガイドブックで「次はここへ行こう」と選ぶ旅とは違う形で、関西のいろいろな場所を知るようになった。
豊岡へ行ったときに食べたカニは、今でも覚えている。
城崎温泉にも行った。
有馬温泉にも行った。
京都や奈良では、仕事で訪れた街のすぐそばに、何百年、時には千年以上の歴史が当たり前のように存在している。
滋賀へ行けば琵琶湖があり、和歌山へ行けばまた景色も食べ物も変わる。
大阪を拠点にして少し移動するだけで、街の雰囲気も、食文化も、歴史も変わっていく。
「関西」という一つの地域の中に、ずいぶん違う世界が詰まっている。
これは実際に住んで、あちこちを回ってみて初めて分かったことだった。
東京にいた頃は、京都や奈良へ行くなら「旅行」だった。
それが大阪に住むと、仕事の延長に京都があり、奈良があり、兵庫がある。
そんな環境で2年間過ごしたことで、私の中で「旅」の感覚そのものが少し変わった気がする。
結局、記憶に残っているのは「うまかった」と「楽しかった」だ
仕事で関西各地を回った2年間。
今になって何が一番記憶に残っているかと考えると、仕事の成果や会議の内容ではなく、その土地で食べたものや、遊んだこと、偶然起きた出来事だったりする。
もちろん、仕事で得たものもたくさんあった。
でも何年も経つと、評価された仕事より、「あのとき楽しかったな」と思える時間の方が、不思議と鮮明に残っている。
兵庫のゴルフ場でホールインワンを出したことも、その一つだ。狙って出せるものではないからこそ、今でもよく覚えている。
人生を振り返ったときに残るのは、履歴書に書けることばかりではない。
むしろ、その土地で食べたもの、笑ったこと、偶然起きたこと。
そんな「うまかった」「楽しかった」の積み重ねが、人生を面白くしてくれているのかもしれない。
関西での2年間が、世界遺産を学ぶきっかけになった
関西に住んでいた頃は、京都や奈良へ行くことも、世界遺産の近くを通ることも、特別なことだとは思っていなかった。
仕事で移動し、時間があれば少し寄る。
そのくらいの感覚だった。
でも、あとになって世界遺産を学び始めると、当時見ていた景色の意味が少しずつ変わっていった。
「あの場所には、こんな歴史があったのか」
「当時は何となく見ていたけれど、実はすごい場所だったんだな」
そんなふうに、過去の記憶をもう一度見直すことが増えた。
面白いのは、学ぶことで新しい場所へ行きたくなるだけではなく、昔行った場所まで新しく見えてくることだ。
関西で暮らした経験が先にあって、その後に世界遺産を学び始めた。
順番としては逆だったのかもしれない。
でも今思うと、あの2年間があったからこそ、歴史や土地の背景を知ることが面白くなったのだと思う。
人生では、そのときには意味が分からなかった経験が、何年か後になって別の形でつながることがある。
関西で過ごした時間と、今の「学ぶ楽しさ」は、私の中では確かにつながっている。
人生の面白さは、予定していなかった場所に転がっていることがある
人生の面白さは、予定していなかった場所に転がっていることがある
大阪に住んだ2年間は、自分で選んだものではなかった。
仕事の都合で決まり、北堀江で暮らし、梅田へ通った。
でも振り返ってみると、その2年間の中には、自分の人生に残っているものがたくさんある。
当時は、どれも「人生の転機」だとは思っていなかった。
ただ、その場所で暮らし、その土地を歩き、そのとき面白いと思ったことを楽しんでいただけだ。
でも人生は、そういう時間の方が後になって効いてくることがある。
最初から意味のある経験ばかり選べるわけではない。
予定していなかった転勤。
たまたま住んだ街。
仕事で行った場所。
そこで食べたもの。
出会った人。
その一つ一つが、あとになって自分の中でつながっていく。
だから最近は、
人生の面白さは、予定していなかった場所に転がっていることがある。
そんなふうに思う。
大阪に住んだ2年間は、まさにそういう時間だった。
自分では選んでいなかった。
でも今振り返ると、あの2年間があってよかったと思っている。



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