人生では、選択の連続だ。
転職するか、このまま働くか。
投資するか、現金で持っておくか。
海外へ行くか、今回はやめておくか。
新しい趣味を始めるか。
会いたい人に会いに行くか。
そして私たちは、その選択が正しかったかどうかを、つい「結果」で判断してしまう。
うまくいけば「あの判断は正しかった」。
失敗すれば「あんなことをしなければよかった」。
でも、ポーカーをやっていると、この考え方が必ずしも正しくないことに気づく。
80%勝てる勝負でも負けることはある。逆に20%しか勝てない勝負に勝つこともある。
大切なのは、一回の結果ではない。
その選択を何度も繰り返したとき、自分にとってプラスになる選択だったのか。
それを考えるための道具が「期待値」だ。
期待値は数学の言葉だが、私はポーカーだけの考え方ではないと思っている。
お金、仕事、旅行、人間関係、趣味、そして残された時間をどう使うか。
人生のいろいろな場面を「期待値」という視点から眺めてみると、正解のない選択に対する考え方が少し変わってくる。
今回は、期待値の基本的な数学から、ポーカーの具体例、さらに人生の選択まで考えてみたい。
期待値とは何か|「平均すると、どちらが得か」を考える
「期待値」と聞くと、少し難しい数学の話に見える。
でも考え方自体はシンプルだ。
「同じ選択を何度も繰り返したら、平均してどれくらいの結果になるか」
を数字で表したものだ。
数式では、
期待値 = Σ(起こり得る結果 × その確率)
と表す。
例えば、こんなゲームがあるとする。
・60%の確率で10,000円もらえる
・40%の確率で5,000円失う
このゲームの期待値は、
10,000円 × 60% +(−5,000円)× 40%
だから、
6,000円 − 2,000円 = +4,000円
となる。
つまり、このゲームを何度も繰り返せるなら、1回あたり平均4,000円のプラスが期待できる。
これを「期待値がプラス」「+EV(Positive Expected Value)」という。
ただし、ここで大事なのは、
「次の1回で4,000円儲かる」という意味ではない。
実際に1回やれば、結果は+10,000円か−5,000円のどちらかだ。
たまたま最初の3回を全部負けることだってある。
それでも、条件が変わらないなら、このゲームを選ぶという判断そのものは合理的だ。
ここに「期待値で考える」ことの本質がある。
結果と、判断の質は別物なのだ。
良い判断をして負けることがある。
悪い判断をして勝つこともある。
この感覚を強烈に教えてくれるのが、私にとってはポーカーだった。
私がなぜポーカーにこれほど惹かれたのかは、「50代になってポーカーにハマった|運だけではない、大人が夢中になる理由」でも書いている。
ポーカーでは「勝ったか負けたか」より、期待値で判断する
ポーカーでは、期待値という考え方がかなり分かりやすく現れる。
例えば、リバーで相手からベットされた場面を考えてみる。
現在のポットは10,000円。
相手がそこへ5,000円をベットした。
自分は5,000円をコールするか、フォールドするかを決めなければならない。
コールした場合、最終的なポットは20,000円になる。
自分が追加で支払うのは5,000円なので、必要な勝率は、
5,000 ÷ 20,000 = 25%
となる。
つまり、相手のハンドレンジを考えた結果、自分が25%より高い確率で勝っているなら、単純化すればコールには価値がある。
仮に自分の勝率が30%あるとしよう。
コールした場合の期待値は、
30% × 15,000円 − 70% × 5,000円
= 4,500円 − 3,500円
= +1,000円
となる。
フォールドすれば、その時点から先の期待値は0円。
だから、この条件ならコールする方が期待値は高い。
ところが実際にコールすると、70%の確率で負ける。
5,000円を払って相手の強いハンドを見せられた瞬間、
「やっぱりフォールドすればよかった」
と思いたくなる。
でも、それは結果を見てから判断を評価している。
もし本当に勝率が30%あり、同じ条件で何度も選択できるなら、負けた今回もコールという判断自体は間違っていない。
逆もある。
本当は勝率10%しかないのにコールして、たまたま相手に勝った。
チップは増える。
気分もいい。
でも、それだけで良いプレーだったとは言えない。
良いプレーをして負けることもある。悪いプレーをして勝つこともある。
ポーカーが面白く、そして難しいのは、この二つが普通に起こることだ。
そして私は、この考え方はポーカーだけの話ではないと思う。
人生でも私たちは、結果を見てから「あの選択は正しかった」「間違っていた」と決めてしまうことがあまりにも多い。
「結果が悪かった=判断が間違っていた」ではない
人生では、ポーカーほど確率を正確に計算することはできない。
転職して成功する確率が63%、海外へ行って人生観が変わる確率が42%、なんて数字は誰にも分からない。
それでも、期待値という考え方は使える。
例えば、思い切って転職したとする。
給料も上がり、面白い仕事ができると思っていた。
ところが実際には、上司と合わなかった。仕事も想像していたものと違った。結局、数年で辞めることになった。
結果だけ見れば、
「転職しなければよかった」
となる。
でも、転職を決めた時点に戻って考えてみる。
当時持っていた情報では、今の会社に残るより、新しい会社へ行く方が自分にとって可能性があると判断していた。
それなら、結果が悪かったからといって、その判断まで間違いだったとは限らない。
投資も同じだ。
十分に調べ、リスクを理解し、長期的に合理的だと思える投資をした。それでも買った直後に暴落することはある。
反対に、何も調べず「上がりそうだから」と買ったものが2倍になることもある。
前者は結果として負けた。
後者は結果として勝った。
しかし、どちらが再現したい判断なのかと考えると、見え方が変わってくる。
旅行だってそうだ。
お金を使って遠くまで行ったのに、雨ばかりだった。期待していた店は休みだった。思ったほど楽しめなかった。
だからといって、「旅行へ行く」という選択そのものが間違いだったわけではない。
人生には、自分ではコントロールできないカードが配られる。
私たちにできるのは、配られるカードを選ぶことではなく、その時点で持っている情報を使って、なるべく期待値の高い選択をすることなのだと思う。
そして結果が出た後には、
「勝ったか、負けたか」
だけではなく、
「もう一度同じ状況になったら、自分は同じ選択をするだろうか」
と考えてみる。
私は、この問いがかなり重要だと思っている。
答えが「もう一度やる」なら、今回の結果が悪かったとしても、それは必ずしも失敗ではない。
人生も、一回一回の結果ではなく、長い目で見れば意思決定の積み重ねなのだから。
人生の期待値は、お金だけでは測れない
ここで一つ問題がある。
ポーカーなら、期待値をチップやお金で表せる。
でも人生は、何を基準に期待値を計算すればいいのだろう。
例えば、20万円を使って海外旅行へ行く。
お金だけを見れば、当然マイナス20万円だ。
その20万円を投資に回せば、将来もっと増えていたかもしれない。
では、旅行へ行くことは「期待値の低い選択」なのだろうか。
私はそうは思わない。
初めて見る景色がある。
食べたことのない料理を食べる。
現地の人と話す。
友人とくだらないことで笑う。
予定通りにいかなくて困ることもある。
それさえ、数年後には笑い話になっているかもしれない。
こうしたものには値段がついていない。
でも、値段がついていないことと、価値がないことはまったく違う。
人生の期待値を考えるなら、お金だけではなく、
お金・時間・経験・人間関係・健康・自由・楽しさ
といったものを、自分なりに一緒に考える必要がある。
数学では、こうした「自分にとっての価値」を効用(utility)という考え方で扱うことがある。
同じ10万円でも、人によって価値は違う。
そして同じ10万円でも、人生のどの時点で使うかによって価値は変わる。
だから人生では、
「いくら得するか」ではなく、「自分にとって何を得られるか」
まで考えた方がいい。
お金を使わなければ、資産は減らない。
しかし、何もしなければ時間は確実に減っていく。
ここが、お金と人生の大きな違いだと思う。
お金には「使わない」という選択肢がある。
時間には「使わない」という選択肢がない。
今日という一日は、何をしていても消費される。
そう考えると、「何もしない」という安全そうな選択にも、実はコストがある。
人生の期待値を考えるということは、何でも挑戦すればいいという話ではない。
限られたお金と、もっと限られた時間を、自分にとって価値の高いものへどう配分するか。
私は、それを考えることなのだと思う。
期待値がプラスでも負ける|「分散」という厄介な存在
期待値がプラスなら、続けていれば必ず勝てる。
そう聞くと、少し安心する。
でも現実は、そんなにきれいではない。
ここで出てくるのが「分散(variance)」という考え方だ。
分散とは簡単に言えば、結果が平均からどれくらいブレるかを表すものだ。
ポーカーをしていると、このブレを嫌というほど経験する。
例えば、自分が80%の確率で勝つオールインをしたとする。
相手は20%しか勝てない。
それでも、5回に1回程度は相手が勝つ計算になる。
しかも厄介なのは、20%の負けがきれいに5回に1回やってくるわけではないことだ。
2回、3回と続けて負けることもある。
80%で勝てる勝負に3回連続で負ける確率は、
20% × 20% × 20% = 0.8%
つまり約125回に1回。
珍しくはある。でも、長くポーカーをしていれば十分に起こり得る。
その瞬間、人は思う。
「今日はツイていない」
「自分のプレーが悪いのではないか」
「やり方を変えた方がいいのではないか」
もちろん、本当にプレーが悪い可能性もある。
しかし、正しいことをしているのに結果だけが悪い期間も存在する。
これが分散の怖さだ。
投資でも似たことが起こる。
合理的な方法で長期投資を始めても、翌月から相場が下がることはある。
仕事でも、新しいことに挑戦した最初の数回が全部うまくいかないことがある。
ブログだって、10本、20本と記事を書いても、ほとんど読まれない時期がある。
そこで、
「この選択は間違っていた」
と結論を出してしまうのは早いかもしれない。
少ない試行回数では、「判断が悪い」のか「たまたま結果が悪い」のかを区別するのが難しいからだ。
だから期待値で考えるときには、一回の結果だけを見るのではなく、
「この判断を十分な回数繰り返したとき、それでも選びたいか」
と考える必要がある。
人生には、ポーカーのように何千回も試せない選択もある。
だからこそ、一度の成功や失敗だけで、自分の判断力そのものを評価しすぎない方がいい。
良い選択をしても、悪い結果は起こる。
この事実を知っているだけでも、失敗との付き合い方は少し変わると思う。
期待値がプラスでも、全財産を賭けてはいけない
ここまで読むと、
「期待値がプラスなら、どんどん勝負すればいい」
と思うかもしれない。
でも、ここには大きな落とし穴がある。
期待値がプラスでも、賭ける金額が大きすぎれば破産する可能性がある。
例えば、60%の確率で賭け金が倍になり、40%の確率で失う勝負があるとする。
1万円を賭けるなら、
60% × 10,000円 − 40% × 10,000円 = +2,000円
で、賭け金に対する期待値はプラスだ。
しかし、だからといって自分の全財産を毎回この勝負に賭けるのが合理的とは言えない。
40%を一度引いただけで、そこでゲームが終わるからだ。
ポーカーにはバンクロール管理という考え方がある。
どれだけ自分に実力があり、期待値の高いゲームに参加していても、資金に対して大きすぎる金額を賭け続ければ、分散に耐えられない。
つまり重要なのは、
「期待値がプラスか」だけではなく、「負けても次の勝負ができるか」
ということだ。
これは人生でもかなり重要だと思う。
投資先に魅力を感じても、生活に必要なお金まで一つの資産に集中させない。
起業に可能性を感じても、失敗した瞬間に生活そのものが立ち行かなくなる設計にはしない。
転職したいと思っても、「辞めれば何とかなる」だけではなく、うまくいかなかった場合の選択肢も残しておく。
挑戦しないのではない。
失敗しても、もう一度挑戦できるようにしておく。
私はこれが、期待値で考えるうえで非常に大切なことだと思う。
一発で人生を変えようとするより、退場しない範囲で期待値の高い選択を何度もする。
ポーカーでも人生でも、最後までゲームに残っていなければ、次のチャンスは来ない。
勝つこと以上に、ゲームから退場しないこと。
期待値という考え方を突き詰めていくと、意外にもそんな慎重な結論にたどり着く。
「やらない」という選択にもコストがある|機会費用で考える
期待値を考えるとき、もう一つ忘れやすいものがある。
「何かを選ぶコスト」だけでなく、「選ばなかったことで失うもの」だ。
経済学では、これを機会費用(opportunity cost)という。
例えば、20万円の海外旅行を考えているとする。
行けば20万円が減る。
「もったいないから、今回はやめておこう」
これは一見、何も失っていないように見える。
でも実際には違う。
20万円は残る一方で、その旅で得られたかもしれない経験、出会い、思い出は手に入らない。
もちろん、旅行へ行けばいいという話ではない。
20万円を投資に回す。家族のために使う。将来のために貯める。
それぞれに価値がある。
大切なのは、「使うか、使わないか」ではなく、「限られた資源を何に使うか」と考えることだ。
これはお金だけではない。
時間も同じだ。
転職しなければ、転職の失敗は避けられる。
でも、今の仕事を続けることで失う可能性のある時間や、新しい経験もある。
新しい趣味を始めなければ、お金も使わないし、下手な自分を見せることもない。
でも、その趣味を通じて出会ったかもしれない人や、夢中になれたかもしれない時間も手に入らない。
誰かを誘わなければ、断られることもない。
でも、一緒に過ごせたかもしれない時間も生まれない。
現状維持は「何も選んでいない状態」ではない。
現状を維持する、という選択をしている。
そして、その選択にも期待値と機会費用がある。
若い頃なら、「来年やればいい」が通用することも多かった。
でも人生の時間が有限だと実感するようになると、この考え方は少し変わってくる。
お金は、また稼げるかもしれない。
でも、今年の時間は来年取り戻すことができない。
だから最近は、
「これをやったら、何を失うか」
だけでなく、
「これをやらなかったら、何を失うか」
も考えた方がいいと思うようになった。
期待値で人生を考えるというのは、得する選択を探すことではない。
自分にとって本当に価値のあるものへ、限られた時間とお金を振り向けることなのだと思う。
確率が分からない人生で、どう期待値を使えばいいのか
ここまで期待値について書いてきたが、人生には大きな問題がある。
そもそも確率が分からない。
ポーカーなら、残っているカードや相手のレンジを考えながら、ある程度は勝率を推定できる。
でも人生では、
「この会社へ転職したら成功する確率は何%か」
「この人と付き合ったら幸せになる確率は何%か」
「新しい趣味を始めたら人生が楽しくなる確率は何%か」
そんな数字は誰にも分からない。
だから私は、人生で期待値を使うときには、無理に確率を数字にしなくてもいいと思っている。
代わりに、選択肢を前にしたら5つのことを考える。
①うまくいったら、何を得られるか。
②うまくいかなかったら、何を失うか。
③失敗しても、もう一度やり直せるか。
④やらなかった場合、何を失うか。
⑤同じ状況が100回来たら、それでもこの選択をしたいか。
特に重要なのは、③と⑤だと思う。
失敗したときの損失が限定されていて、成功したときに得られるものが大きい。そして同じ状況なら何度でも選びたい。
そういう選択は、正確な確率が分からなくても「期待値が高そうだ」と考えることができる。
逆に、成功したときの利益はそれほど大きくないのに、失敗すると人生そのものが立ち行かなくなる。
そんな選択には慎重になった方がいい。
つまり人生で期待値を考える目的は、未来を正確に予測することではない。
不確実な未来の中で、自分が納得できる判断をするための「ものさし」を持つことだ。
そして結果が出た後も、
「成功したから正解」
「失敗したから不正解」
と簡単に決めつけない。
その時点で持っていた情報で、自分は合理的な判断をしたのか。
そこを振り返る。
未来はコントロールできない。
でも、意思決定の質は少しずつ上げることができる。
私は、それだけでも期待値という考え方を人生に持ち込む意味は十分にあると思う。
人生は、一回の勝ち負けではなく「長いセッション」
ポーカーを始めてから、「負けること」に対する見方が少し変わった。
良い判断をしたのに負ける。
明らかに不利な状況だったのに勝ってしまう。
そんなことが普通に起こる。
最初のうちは、負ければ悔しいし、
「あそこで違う選択をしていれば」
と考える。
でも長くプレーしていると、一回の結果だけを見ても仕方がないことが分かってくる。
大切なのは、
その瞬間に、自分が持っている情報で一番期待値の高い選択をできたか。
そして、その選択を繰り返していけるかだ。
考えてみれば、人生もよく似ている。
仕事を変える。
投資をする。
旅行へ行く。
新しい趣味を始める。
会いたい人に会いに行く。
どれも、やってみるまで結果は分からない。
だから私たちは、つい「正解」を探したくなる。
でも人生には、選ぶ前から正解だと分かっている選択なんて、実はそれほど多くない。
だったら、正解を当てようとしすぎなくてもいいのかもしれない。
その時点で、自分にとって期待値が高いと思える方を選ぶ。
失敗しても退場しないようにする。
結果が悪くても、一度だけで判断を変えない。
そして、また次の選択をする。
若い頃は、人生にはどこかに「正解のルート」があるような気がしていた。
いい学校へ行く。いい会社へ入る。仕事で結果を出す。お金を貯める。
もちろん、それらも大切だ。
でも人生が進むほど、正解は一つではないことが分かってくる。
お金を増やすことだけが+EVではない。
好きな場所へ行く。
面白そうなことをやってみる。
気の合う人と時間を過ごす。
何歳になっても、新しいことを覚える。
そういう選択にも、自分にとっての期待値がある。
そして忘れたくないのは、時間には「使わない」という選択肢がないということだ。
今日も一日は減っていく。
だったら、守るべきものは守りながら、少しでも+EVだと思える方へベットしてみる。
もちろん、負ける日もある。
それでいい。
人生は、一回の勝ち負けではなく、長いセッションなのだから。



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